【椿―tsubaki―5】






「おう、数馬じゃねェか。こんなところで何してんだ?」

 声をかけてきたのは南町の筆頭同心・里村賢悟だった。身なりはきっちりとしているものの、一日町中を駆けずり回っているためか日焼けが激しく、使い古した刀を差しているあたり、俺よりも浪人の風情を醸しだしている。
 賢悟とは同じ剣術道場に通った仲で、昔は一緒に悪ふざけをしたものだ。
 俺の親父はこいつの親父の上司だったのだが、何を思ったのか突如俺の親父が職を返上し、引っ越して以来、しばらく疎遠になっていた。
 しかし賢悟自身が親父の跡目を継ぐと、俺の元にちょくちょく遊びに来るようになり、春哉の一件でも少しばかり力になってもらった。

「賢悟。ちょうどよかったぜ、春哉を見なかったか?」
 賢悟は一日中町中を移動しているため、どこかで見かけているかもしれない。
「喧嘩でもして逃げられたのか?おめェはどうしてそう不器用なんだよ。大体だなぁ……」
「今はそんなこと言ってる場合じゃねぇんだよ。で、見たのか?見てねぇのか?」
「早朝から町中を探索してるが見かけなかったぜ。でも花街の方面はまだ見回ってねェよ。ツテのある春哉さんのことだ。花街にいる可能性はあるんじゃねェのか?」
「そうか。いや、助かった。ありがとよ」
 急いで花街に向かいかけたが、着物の襟をつかまれて動けない。
「何だよ、俺は暇じゃねぇんだ」
「待て。ついでに言っとくがよ、和泉屋の動きが最近怪しい。俺が今朝から駆けずり回ってるのもそのせいなんだが、おめェらは和泉屋と昔いろいろあったから耳に入れといてやるよ」
「怪しいってのはどういうことだ」
「詳しいことは分からんが、偉いさんに繰り返し山吹最中(賄賂)を送っては自分の店の権益を守ることに躍起になってるって話だ」
「で、怪しいところがあったらお前のところに引っ張って来いってか?」
「あたり」
 悪びれる様子もなく満面の笑みでうなずくものだから嫌とはいえない。それがこいつの持ち味なのだ。
「わかったわかった、協力するから。とにかく俺は行くぜ。お前も春哉のこと見かけたら家に帰るように言ってくれよ」
「へいへい。……まったく、仲のよろしいことで」



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